大学礼拝 2016/11/9
【ヘブライ人への手紙12:11】
およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。
柳城祭が終わりました。今日は文化祭について考えてみます。
柳城祭に備えて色々と練習を重ねた人も多いと思いますが、練習中はうまくいかないこともあってつまらないし、飽きてくることもあります。鍛練というのはそういうもので、その分、結果が良いと喜びも大きいと、今日の聖書も語っている通りです。
幼稚園や保育園の文化祭といえば作品展ということになりますが、これは子どもの文化的成長を知る上で大切な行事です。大体は4月から準備に入り、日頃の作品をためておいたりするものです。クレヨンやクレパスから始まり、次第に絵具や鉛筆が使えるようになる。特に版画は幼児にはレベルが高い分野ですが、出来た時の仕上がりには素晴らしいものがあります。
さて、幼児の作品を展示する段になると、どうしても上手/下手が目立ちますが、ここで大切なのは、出来の悪い作品でも、それを子どもの個性として捉えて評価できるかどうかです。展示する工夫も必要です。たとえば、上手/下手が入り混じっても全体が整うよう、背景とかレイアウトを考えたりすることもあります。紅葉は樹木全体としては美しいですが、一枚一枚の葉はそれぞれが個性的で、中には汚いものも混ざっています。これと同じ理屈です。
子どもの個性を幅広く受け入れるためには、大人側の感性を豊かにしておく必要があります。色々なことに関心をもって視野を広げておくのも手です。その際に鍛練が必要となることもありますが、子どもの違いが分かる人になって欲しいと思います。(チャプレン)
●次回の大学礼拝 11/16(水)13:10~ 田中チャプレン(司式・説教)
ペチュニア