大学礼拝「忘れてはならないこと」2019/5/14
「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく、仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」 (マルコによる福音書10章43~45 節)
わたしたちは誰もが「偉くなりたい」「もっと上の地位につきたい」「みんなから尊敬される人になりたい」、そんな願望をもって生きているのではないでしょうか。
イエスさまの弟子たちもそんな思いをもってイエスさまと起居を共にしていました。
イエスさまの一番の弟子になれたら、きっと、人々からも尊敬され、充実した生活を送れるに違いないと考えていました。そんな弟子たちの様子をご覧になって、イエス様は上記のように言われたのです。あなたたちが「偉くなりたい」「もっと上の地位につきたい」「みんなから尊敬される人になりたい」と思うなら、まずいちばん社会の底辺にいる人、僕(奴隷)の立場に身を置きなさい。奴隷は忍耐をもって主人に仕えることが役目です。けれどもイエスさまはすべての人に仕える奴隷になりなさいと言われました。
「愛をもってわたしはすべての人に仕えるために来たのだ、上げ膳、据え膳で殿様のように特別待遇、優遇されるために来たのではない、全くその反対で、社会の中で人間としての扱いも受けず、苦しみ、悩み、傷つき、病に倒れ、生きる希望もなく、さまよっている人々と共に生き、それらの人々に生きる勇気と希望を与えるために、さらにそれらの人々に代わって苦しみ、悩み、傷つき、病に倒れ、死をも厭わない、それらの人々のために自分の命を献げる」とイエスさまは言われ、そのとおり十字架の上で死なれたのです。
保育者としてこれから生きていこうとして学んでいる皆さんにとって、忘れてはならないことは、皆さんが保育の現場で関わりを持つ子どもたち、教職員、保育士、子どもたちの保護者に仕えることが重要であるということです。
保育に関わる日々は必ず苦難が伴いますが、苦難は忍耐を生み出します。忍耐のない人生はありません。生きている限り、忍耐が必要とされる場面に幾度となく遭遇します。忍耐を避けてはなりません。忍耐はあなたを人間として大きく成長させるからです。それを乗り越えたときに品格(練達)が生まれます。その品格が希望を生みだしていきます。そして希望は失望に終わることはないのです。(ローマの信徒への手紙5:3~5)
キリスト教保育の原点はイエスさまに示された「神の愛」にあります。その「神の愛」はイエスさまのご生涯の中で具体的に示されました。「愛をもって仕えること」が、わたしたちの保育の目指すところ、目標です。子どもたちひとりひとりをしっかり見つめ、子どもたちに歩調を合わせて歩んで行くこと、共に生きていくこと、イエスさまの歩まれた道を忘れずに、絶えず自らを振り返りつつ、前進していくことがわたしたちに求められている生き方ではないでしょうか。(チャプレン 大西 修)