*
カテゴリー:礼拝記録 の記事一覧

【創世記1章27‐31節】
1:27 神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。
1:28 神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
1:29 神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。
1:30 地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。 
1:31 神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。 

✝ ✝ ✝

創世記の冒頭では、この世界の始まりが7日間の出来事として描かれています。その7日間の記事は、一つのパターン、同じフレーズの繰り返しによって構成されています。

1日目、神は光を造りました。聖書にはこのように書かれています。「神は、言われた。『光あれ。』こうして、光があった。そして神は光を見て、良しとされた。」

2日目に、空と水を造りました。そして3日目には、海と陸を造りました。こう書かれています。「神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた。」さらに、「地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。」つまり、穀物をもたらす草と果物をもたらす樹木を造りました。そしてこう書かれています。「神はこれを見て、良しとされた。」

4日目には、太陽を造ります。月も造ります。星も造ります。そして昼と夜を造り、年月日を造り、さらに季節を造り出します。そして、神はこれを見て「良し」と言いました。

5日目。今度は動物です。魚や鳥も造ります。神はこれを見て、「良し」と言いました。

このように、聖書の記述において、神は、この世界のあらゆるものを次々と造り出し、そして、それを見て、「良し」「良し」「良し」と繰り返していきます。

6日目は、いよいよ、私たち人間の創造です。こう書かれています。「神は御自分にかたどって人を創造された。男と女とに創造された。」そして、神は造り出した人間の存在を強く肯定すべく、祝福されました。神は、こう言いました。「見よ、それは極めて良かった」。

それまで、神は様々なものを造り出し、それを見て「良し」「良し」「良し」と言ってきましたが、人間を造ったときには、「極めて良かった」「とても良い」と述べたわけです。この「良し」という言葉は英語の聖書ではgoodです。そして「極めて良かった」はvery goodです。つまり、神による、この世界の始まりの物語は、簡単にまとめるならば、good、good、good、good、very goodです。

こんな神話みたいな話は信頼できない、非科学的だと思われるかもしれません。しかしながら、ぜひおさえておきたいことがあります。それは、この創造物語を編纂した頃のイスラエルの民のことです。その頃、イスラエルは、外国の勢力によって国そのものが滅ぼされ、アイデンティティそのものであった神殿も壊され、外国に強制移住させられている最悪の絶望の中にありました。しかし、彼らはそのような苦しみの中でも、自暴自棄にならず、こんなことから生まれてこなければよかったなどとも思わず、他でもない神に信頼し、それ以外のものを神とはせずに、この世界を肯定する、という思いに到達したのでした。そのことが、端的に現れているのが、この分厚い聖書の冒頭の言葉、「初めに、神は天と地とを創造された」という言葉です。

この創世記の物語は、この世界に対する肯定です。そして人間に対する圧倒的な肯定です。この世界は、本来良いものとして、そして、私たち人間は、本来、良いもの、極めて良いものとして造られたのだ、ということを、聖書の冒頭において、高らかに宣言するものです。

今、世界は、新型コロナウイルスの感染の中で、暗く、混沌としています。私たちの生活もまた、多くの不安があります。多くの人達が自身を失っています。様々な苦しみがあります。しかしながら、それでもなお、いや、だからこそ、聖書は、その冒頭から、私たちの世界とは本来良いものなのだ、私たち人間は神のかたちに似せて造られた極めて良いものなのだ、神様による最高傑作なのだ、私たちを勇気づけるように語りかけてきます。私たちは、そのように圧倒的に肯定され、祝福された存在なのだ、ということを覚えてまいりたいと思います。(チャプレン 相原太郎)


アメジストセージ

【詩編第69編14節】
69:14  あなたに向かってわたしは祈ります。主よ、御旨にかなうときに/神よ、豊かな慈しみのゆえに/わたしに答えて確かな救いをお与えください。

〈アイコンをクリックすると下原太介チャプレンのお話が聞けます〉

【ルカによる福音書14:13‐14】
14:13 宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。
14:14 そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」

✝ ✝ ✝

人を宴会に招く時、さらには、人になにかをする時、お返しを期待しない、見返りを求めない、というところに、今日聖書の箇所のポイントがあります。

私たちが、たとえば披露宴などを行うとき、何らかの利害関係者を招待するのが一般的だと思います。この人を招けば、あとで自分にこういうことをしてくれるのではないか、あるいは、この人たちに親切にしておくと、きっとみんなから尊敬されるのではないか、といった具合です。このように、一見相手のためにしているような事柄も、実は自分のためにしている、ということは、私たちの日常の中でよくあることではないかと思います。それは、相手と関係をもっている、すなわちダイアローグのように見えて、実は自分の中で物事が完結している、すなわちモノローグになってしまっている、ということでもあります。

柳城において大切にされている愛による奉仕の精神について考える時、相手に対して自分が期待するような見返りを求めることない、というところに一つのポイントがあるように思います。それは、たとえば、たとえば親が子を大事にするようなものです。親が子を大事にするのは、いずれその子が自分を養ってくれるから、といった下心があるからではないはずです。それは、保育や教育の現場などでも本来的には同じだと思います。

自分にとっては面倒だと感じる人に遭遇することがあると思います。できれば関わりを持ちたくないと思うのが自然かもしれません。しかしながら、そんなふうに、自分にとってメリットがないと思うときほど、言い換えれば、相手が自分にお返しができないと思うときほど、むしろ丁寧に関係を築いていきたいと思うのです。

相手のためと言いながら実は自分のためにしている、あるいは、相手と関係を持っているように見えて実は自分の中で物事が完結してしまっている、そんな自分自身の殻から解き放たれよ、と神が招いてくださっていることを覚えたいと思います。(チャプレン 相原太郎)


キンカン

【詩編19章13節】
知らずに犯した過ち、隠れた罪からどうかわたしを清めてください。

✝ ✝ ✝

<はじめに>
皆さんは、過去に「この人を許せない!ガチで赦せない!」と思ったこと、あるいは過去ではなく、今も続いているということはありませんか。

私は、そのことで長年とても苦しい思いをしてきていますので、その話をしたいと思います。

1.きっかけ
私は18歳の時に生まれて初めて聖書やキリスト教の話を聞いて、教会に行くようになりました。そして、22歳の時(大学4年)洗礼の恵みにあずかりました。

教会で、牧師さんの奥さん(A先生)から、子ども用の礼拝の奏楽をピアノでやってみないかと言われ、私は、バイエルくらいしか弾けないので…できないですと断ったのですが、子ども用の曲は割と簡単だし、子どもは5~6人くらい、小さい集まりなので気軽に弾いてみないかと言われ、それならやってみようかと思って引き受けました。

そして1週間後の礼拝で私はピアノを弾きました。それは、つっかえつっかえ何とか弾いたというひどい出来栄えでした。自分でも「まだまだ練習が足りないなあ」と思って反省していたところ、礼拝が終わるとすぐにA先生がとんできて、「あのピアノじゃあ、子どもたちは歌えないわよ。もう来週からは弾かなくていいです。」と冷たく言われました。私の言い分を聴こうともせずに、刀を振りかざしたようなAさんの言葉に、私は、A先生に不信感を抱き、それからはピアノを頼まれることもありませんでした。モヤモヤが残りました。あんな言い方しなくてもいいじゃん、頼んできたのは向こうの方なのに、私も1度はお断りしているし…。ひどいよ。

2.その後
大学卒業後は、地元の静岡で就職し、学生の時とは別の教会へ行くことになりました。伴奏者がいないので、ピアノを弾いてみない、弾いてほしいとそこでも頼まれることがありましたが、私にはどうしてもできず、「下手なので。」と言って今度ははっきりとお断りすることにしていました。あの時のように、また自分が傷つかないようにと自分を守っていたのです。

3.依然として忘れられないA先生への怒り
事あるごとに、A先生の顔が浮かんできて、とても苦しかったです。忘れたい、もう過去の出来事なんだし、Aさんともきっと会うこともないと思いこもうとしますが、自分の意識とは別のところで、コントロールできずにAさんのことが思い出されてきました。次第に、「私はAさんのせいで、こんなトラウマを負うことになったんだ」と相手を憎む気持ちになっていくことに気づきました。

4.祈り「私の罪をお許しください。私も人の罪を許します」
日曜日の礼拝に行くたびに祈る、この言葉が本当に苦しかったです。私はAさんを許すことができていなかったからです。

5.神様と向き合う
それから20年以上が過ぎました。ある時、ふと一人で思いました。「私がAさんのことを許せないと思っているということは、もしかすると、私とこれまで関わりのあった人が、私の言動に傷つき、私のことを許せないとひそかに思っている人がいるかもしれない」ということを。

私は、その場で、自分の罪を言い表しました。小学生の頃、仲良しのひとみちゃんという友達に意地悪なことをしてしまったこと、相手との約束を守らなかったこと、大人になって27歳の頃、私が想いを寄せていた片思いの彼が、私の親友と結婚したのですが、素直に2人を祝福できず、連絡を一切とらずに断絶していたことなど…。思い出せるだけの罪を言葉にして祈り、神様に赦してほしいと祈りました。

最初に述べた教会のピアノでのAさんを恨む思いは、魔法のようには消えませんでしたが、はっきりと自覚したのは、私は「自分こそ神の前に罪人であり、毎日赦しを頂いて生きている存在なのだと」ということでした。

6.コロナで礼拝の奏楽を学生ではなく、教員がすることになった時
4・5月は自宅学習、現在は半日授業になり、奏楽を依頼していた2年生が、奏楽ができなくなりました。「あー、困ったなあ。学生に頼んでいたのになあ」とため息をついた時に、神様からの語り掛けがあったのです。「あなたが弾きなさい。」 すぐに私は「えー、嫌です。私じゃなくて、どなたかが奏楽をなさってほしい。それに神様、よくご存じじゃありませんか。私が以前、ピアノのことでとても傷ついているということを。神様、これ以上私を苦しめるのですか?」と思いました。

神様がとても悲しい顔をしているのが、浮かびました。私は、神様が自分にやりなさいと言って下さっているのだから、神様を信じて、オルガンをやってみようと決め、神様に祈りました。「分かりました、神様。オルガンをやります。神様のために、礼拝のために私を用いて下さい。」すると、不思議と心が軽くなるのが分かりました。

それから私は毎週火曜日の礼拝でオルガンを弾くようになりました。今は、弾くことに対して心が穏やかになり、私を新しく作りかえてくださった神様にとても感謝しています。

神様は、お祈りを叶えて下さる方です。信じて従ってくる者を決して飢えさせないお方です。
最後に、聖書の言葉で締めくくります。
マタイによる福音書6章5節
「義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。」
(柴田智世 名古屋柳城短期大学 准教授)

 

 

【マルコによる福音書10:46-52】
10:46 一行はエリコの町に着いた。イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき、ティマイの子で、バルティマイという盲人の物乞いが道端に座っていた。
10:47 ナザレのイエスだと聞くと、叫んで、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と言い始めた。
10:48 多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、彼はますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。
10:49 イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われた。人々は盲人を呼んで言った。「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。」
10:50 盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た。
10:51 イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。
10:52 そこで、イエスは言われた。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。

✝ ✝ ✝

お読みしました聖書の物語は、イエスの奇跡物語の一つです。

バルティマイという一人の人物が道端に座って、物乞いをしていました。彼は、誰からも見向きもされず、物乞いのために屈辱に耐えながら座り続けていました。そこに、イエスの一団が通りかかります。バルティマイは、それがあの噂のイエスだと聞くと、「わたしを憐れんでください」と叫び出します。「憐れんでください」という叫びは、誰からも見向きもされない、わたしの苦しみを受け止めてほしい、というような意味でありました。

しかし、イエスと一緒に行動していた人々は、バルティマイを叱りつけ、黙らせようとしました。人々は、大事な指導者が、こんなちっぽけな人の相手をしている場合ではない、イエスがこれからしなければならない大切な働きにとっては邪魔でしかない、と考えたのでありましょう。

ところが、イエスは違いました。イエスはバルティマイの存在に気がつくと、彼一人のために、足を止めます。そして、彼を自分のところに招くのでした。

すると、一緒に歩いていた人々に変化が起こります。当初は、道端の邪魔者程度にしか思わなかったその物乞いが、「バルティマイ」という名前を持つ一人の人間として見えるようになります。そして、人々はバルティマイに、こう声をかけるに至ります。「安心しなさい。立ちなさい。イエスがお呼びだ」。呼びかけられたバルティマイは、喜び躍り上がってイエスのところに向かいます。そして、イエスから「行きなさい」と送り出され、彼は癒やされたのでした。

この物語において一つのポイントとなるのは、人々の変化です。

当初、イエスの弟子たちは、自分たちの行動に夢中になっていて、バルティマイのことはまったく視覚に入っていませんでした。しかし、イエスの促しによって、道の端に座っていたバルティマイが一人の尊厳を持った人間として、彼らの前に立ち現れてきたわけです。そして、彼らはバルティマイとの人間的な関係を開始します。

そう考えてみますと、目が開かれたのは、バルティマイよりも、実は人々のほうでありました。バルティマイはイエスに「行きなさい」と送り出されて癒やされ、その目に光を取り戻したわけですが、しかし、むしろ光を取り戻したのは、人々のほうでありました。奇跡と言うならば、むしろ、この関係性の変化こそが奇跡だと言えます。

私たちの社会では、困っている人々に寄り添うと言いながら、実際には、高みに立って眺めるだけ、あるいは、自分の暮らしや生き方に変化が起きない範囲で「手を貸す」程度で、本当にその人と共にあろうとはしない、ということがあると思います。

しかしながらイエスは違いました。イエスは、高みに立って通り過ぎるのではなく、足を止め、自ら低みに降りていき、その関係性を大きく変えたのでした。それによって、イエスを取り巻く人々にも関係性に変化が起きていったのでした。

私達もまた、この社会の隅で座り込んでいる人々の前を、足早に通り過ぎることなく、足を止め、人々の間に入って、その痛みに、その存在に気付かされていきたいと思います。自分自身を取り巻く関係性に変化が起きているその時、実は、私たち自身もまた、イエスから「行きなさい」と送り出されているのだ、ということを覚えたいと思います。(チャプレン 相原太郎)


中庭の芝生

【フィリピの信徒への手紙3:8
3:8 そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。

〈アイコンをクリックすると下原太介チャプレンのお話が聞けます〉

【マタイによる福音書5:13-16】
5:13 「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。
5:14 あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。
5:15 また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。
5:16 そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」

                     ✝ ✝ ✝

今日の箇所は、山上の説教とか、山上の垂訓と呼ばれている箇所の一部で、イエスが教えを述べた、大変有名な箇所です。

地の塩。塩は、私たちの食生活、そして、私たちの生命維持にとって必要不可欠なものです。かといって、塩を単独で食べることはありません。なにか他のものに、混ぜ合わされ、なじませることによってこそ塩です。

イエスは「あなたがたは地の塩である」と語ります。私たちが地の塩として生きるとは、何を意味するのでしょう。

それは、私たちが、他者、隣人の間にあって、他者に仕えること、隣人を愛すること、大事にすることによって、その人々の人生が、無味乾燥なものから、豊かなものになること、本来その人が持つ個性が引き出されること、一人ひとりの固有の人生が大切にされることを意味します。

当時、このイエスの教えを聞いていた人たちは、たとえば社会で大きな責任を担っている人とか、学校で勉強したエリートとか、そういう人たちではありませんでした。もし、イエスの教えを聞いた人たちが、たとえばエリートだったとしたら、地の塩として生きるとは、社会のリーダーとして人々を導く、というふうにも理解されたかもしれません。

ところが、今日の話はだいぶ趣が違います。イエスがこの話を誰にしていたかというと、社会のリーダーなどではなく、むしろ、その反対でした。貧しい人たち、病気の人たち、政治的宗教的に差別されていた人たちでありました。今日の箇所の直前で、イエスは、心の貧しい人、悲しむ人、義に飢え乾く人、迫害される人は、幸いだ、と述べています。そして、イエスは、そういった人たち、貧しい人たち、悲しむ人たちに対して「あなたたちこそが、地の塩だ」と述べるわけです。

しかも、とりわけ重要と思えるのは、あなたたちは、努力すれば塩になれる、努力して塩になりなさい、とか、将来、地の塩となって頑張るべきだ、というふうにはイエスは言っていないということです。そうではなく、あなたたちは、そのままで、すでに地の塩なのだ、と断言されている、ということです。

イエスは、今、悲しんでいる人、今、貧しい人、今、病気の人、孤独の中にいる人、そういうあなたこそが、そのままで地の塩なのだ、と言っているわけです。塩は、生活にとって必要であり、人間の命に必要不可欠なものです。そのように、あなたがた一人ひとりは、この地上、この世界にとって、必要不可欠な存在、取り替えが不可能な存在なのだ、ということです。

私たちは、今、この社会に生きる中で、様々な不安を抱えています。イエスのメッセージは、そういった不安を乗り越えて、不安を振り払って、地の塩になりなさい、ということではありません。立派な人物になって周りをリードしなさいということではありません。そうではなく、不安をかかえる、困難を抱える一人ひとりの存在そのものが、地の塩なのだ、大切なのだ、神から愛されている存在なのだ、ということです。様々な痛みや悲しみをいだいているあなたがたこそ、愛をもって仕える人なのだ、ということです。

イエスは、今、ここにいるお一人お一人に、「あなたがたは地の塩である」と語りかけておられることを覚えたいと思います。(チャプレン 相原 太郎)

 


ワイルドフラワー畑

【テトスへの手紙 3:14】
3:14 わたしたちの仲間も、実際に必要な物を賄うために、良い行いに励むことを学ばねばなりません。実を結ばない者とならないためです。

〈アイコンをクリックすると下原太介チャプレンのお話が聞けます〉

【マルコによる福音書9:30−37】
9:30 一行はそこを去って、ガリラヤを通って行った。しかし、イエスは人に気づかれるのを好まれなかった。
9:31 それは弟子たちに、「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する」と言っておられたからである。
9:32 弟子たちはこの言葉が分からなかったが、怖くて尋ねられなかった。
9:33 一行はカファルナウムに来た。家に着いてから、イエスは弟子たちに、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。
9:34 彼らは黙っていた。途中でだれがいちばん偉いかと議論し合っていたからである。
9:35 イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」
9:36 そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。
9:37 「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」

✝ ✝ ✝

今、お読みしました聖書の記事は、この柳城はもちろんのこと、様々な教会付属の幼稚園や保育園などで大切にされていきた箇所の一つであると思います。

イエスが子どもを抱きかかえるシーン。とても微笑ましい光景でありましょう。

イエスの時代、子どもは、半人前として扱われ、その評価は低いものでした。そんな時代においてイエスは、大人たちが自分たちの中で誰が一番偉いのか、などと議論している、その真ん中に子どもを連れてきて、抱き上げます。そして言います。

「このような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」子どもを受け入れることは、神を受け入れることなのだ、とイエスは語ります。

大人たち、社会の中で自分がいかに高いポジションにつけるか話す中、社会の隅に追いやられていた子どもを真ん中に招き、抱き上げて高める、そのような光景に、神の働きのダイナミズムを見ることができます。

さて、ここでイエスに抱き上げられている子どもについて、どのようなイメージを持たれますでしょうか。青い空の下、笑顔で、目を輝かせて、イエスを見つめる無邪気で元気な少年・少女、そんなイメージを持たれるかもしれません。

しかし、当時の社会について考えてみますと、ここで登場する子どもたちは、そのようなイメージとはかなり異なっているかもしれません。

イエスの時代、出生時の死亡率は30パーセントに及び、16歳になるまでには、子どもたちの実に60パーセントが亡くなっていたそうです。加えて、飢饉、戦争、社会の混乱の中で、真っ先にその被害を被っていたのは、子どもたちでした。両親が早く亡くなるケースも多く、親を失った戦争孤児も多くいたようです。したがって、実際の様子は次のようなことだったとも考えられます。

国境沿いの、人の多く行き交う町、ローマ軍の駐屯地でもあるカファルナウム。イエスの弟子たちは、そんなカファルナウムに向かう途中、自分たちの中で誰が一番偉いのかなどと論じあっていました。町に入ると、どこからともなく子どもたちが現れます。戦争で家を失い、ボロボロの服を着て、やせ細った体で、旅行中の弟子たちを食い入るように見つめます。毎日の食べ物に事欠く子どもたちは、旅人から何か貰えないかと、弟子たちに必死についていきます。しかし、弟子たちは議論に夢中で、子どもたちの存在に気づくこともありません。あるいは気づかないふりをしていたのかもしれません。

一行はカファルナウムの滞在先に到着します。子どもたちもついてきました。イエスは弟子たちに尋ねます。「途中で何を話していたのか。」弟子たちは黙っていました。するとイエスは、子どもを弟子たちの真ん中に呼び寄せて、抱き上げ、そして言います。「このような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」弟子たちは、そこで初めて、子どもたちが一緒だったことに気づくのでした。

イエスが抱き上げた子どもとは、そんな厳しい状況の中にいる子どもたちの一人であったと考えるほうが自然なのかもしれません。

このように考えてみますと、私たちがこのシーンで連想する微笑ましい光景とは、ずいぶんと様相が異なります。イエスは、弟子たちも気づくことのない、最も小さな人たちの存在、そしてその痛みに気づき、手を差し伸べ、抱き上げ、そして、彼ら彼女たちこそが、堂々と、この世界の真ん中で生きていいのだ、生きるべきなのだ、と、宣言されるのでした。その時、初めて弟子たちも、自分たちの周りにいた子どもたちの存在、尊厳に気付かされるのでありました。

現代においても、私たちが気づかないところで痛みを負い、不安を抱えている人たちがいます。私たちもまた、その一人かもしれません。

今、この柳城を始めとする大学生も、かつてない事態の中で大きなストレスをかかえています。しかし大学生の苦労はなかなか周りの人に気づいてもらえません。そんな中でも、必死に学ぼうとしている彼ら彼女たちは、イエスの弟子たちに必死に食らいつこうしていた、あのカファルナウムの子どもたちと重なって見えてきます。

イエスは、そんな人たちの一人ひとりの手を取り、あなたは堂々と真ん中で生きていていいのだ、あなたを受け入れる者は、神を受け入れる者なのだ、と声をかけてくださっています。そしてその尊厳が大切にされるように、世界に働きかけておられます。(チャプレン 相原 太郎)


ドクダミ


【マタイによる福音書 18:21】
18:21 そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」

〈アイコンをクリックすると下原太介チャプレンのお話が聞けます〉

このページの先頭へ