【マルコによる福音書 第10章13-16節】
13 イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。14 しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。15 はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」16 そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。
今週の礼拝では、志村真先生(中部学院大学短期大学宗教総主事)に、「子どもの友イエス」と題する奨励をしていただきました。
学生に直接、親しみをこめて語りかける志村先生のあたたかい口調が印象的でした。そして、語っていただいたお話は、それ以上に深く印象に残るものでした。お話は、志村先生が小学生のときのエピソードからはじまりました。学校で、「良寛さん」の劇を子どもたちが上演し、志村先生ご自身が良寛さんの役をされたそうです。子どもたちと一緒に毬つきやかくれん坊をして遊ぶ良寛さんの姿の背後には、当時の農村の子どもたちを取り巻く過酷な社会環境がありました。
志村先生が語られる良寛さんの姿が、福音書に「子どもの友」として描かれたイエス様の姿に重なり、イエス様が生きた時代、子どもたちを取り巻く状況がいかに過酷なものだったかが語られました。乳幼児死亡率が非常に高かった時代です。当時の遺跡から出土した遺骨が語る、子どもの餓死、戦争による死、出産途中で亡くなった妊婦と赤ちゃん… チャペルは静まり返りました。志村先生は、イエス様が友としたのは、そのような時代の、そのような子どもたちだったことを語られました。
弟子たちが子どもたちを遠ざけたのを見て、弟子たちをお叱りになったイエス様は、その子どもたちを一人ひとり、腕の中に包み込んで抱き上げ、そっと降ろして祝福します。その様子を、志村先生は、福音書の言葉の意味を読み解き、イエス様のしぐさも交えながら語られ、最後に、「福音書はイエスを子どもの友として描いている」というジョン・キャロルの言葉を紹介してくださいました。(村田)